美ビルド・ネットの熊本はてな?

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ボブ・ディランノーベル文学賞受賞 村上春樹は毎年コケにされてる?

ノーベル文学賞って歌詞も対象だったの?
全然知らなかったですね。

 

ボブ・デュランの受賞自体に異論はないけど、
音楽と文学ってそもそも別ジャンルじゃないのか?って思う人がほとんどじゃないかと思いますが・・・。

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2016年のノーベル文学賞に、
米国のミュージシャンで作詞家のボブ・ディラン(75)が決まったようですね。

 

選定の理由は、
「米国の歌の伝統の中に新たな詩的な表現をもたらしたこと」
(for having created new poetic expressions within the great American song tradition)
だそうです。

 

ボブ・ディランといえば、
私の大好きな名曲「We are the world」に、

マイケル・ジャクソンライオネル・リッチースティーヴィー・ワンダーシンディ・ローパーレイ・チャールズ
多数に交って、ちょこっと出て歌うボブ・ディランの姿を思い出します。

 

また「ライク・ア・ローリング・ストーン」という曲も良かったですね。
当時のシングル曲としては異例の長尺で、
また歌詞の内容もおよそポップスとは到底言い難いような曲ですがヒットしましたね。

 

今では、「現代の吟遊詩人」とか「生ける伝説」とか言われ、
これまでもノーベル文学賞候補に上がってみたいですよ。

 

アメリカでは、
詩人としての文学者の才もが極めて高く評価されていたみたいですが、

日本では言葉の壁が大きいためだと思われますが、
ボブ・ディランのこの方面に関する評価はほとんど正当にされていないようなんですね。

 

でもある人は、
「ディランの作品を本当に聴いていた人なら、彼がいかに凄い文学者かわかると思う。
他のあらゆるミュージシャンとは歌詞の面では全くの別格」と。

 

またボブ・ディランは、
「飽きる」ということがどのくらい重要か、教えてくれる・・・と。

 

フォークからエレクトリックになったり、
ダミ声からきれいでスムーズな声になったり。

メロディーラインも夜ごと変わるし。
いつもお客さんを置いてきぼりにして、自分はどんどん先に行っちゃう。

一回やって成果が上がったら、もうやらないみたいで、
そこに未練はなくて、「さあ、次へ行こう」って。

 

それは、芸術表現の根本だと。

 

みんなが求めるものをやるようになったら、
同じことの繰り返しになって新しいものは生まれなくなっちゃうから、

とにかくお客さんより先に、自分が飽きる。
それで、みんなが見たことのないようなものをやって見せる。

 

それをやり続けたおかげで、
ボブ・ディランは70代半ばなのに、どんな若いアーティストより新しいし、
次に進む道を指し示すことができるんだ・・・と。

   

一方のノーベル文学賞候補として毎年コケにされている村上春樹

外野が騒いでるだけで、
村上春樹ノーベル文学賞を受賞したら嬉しいと思うけど、
本人はそんな気にしてないように感じますよ。

 

村上春樹がこれだけ注目されるのも、
村上作品が約50カ国後に翻訳され、世界中に熱狂的なファンがいるからなんでしょうね。

 

なんでも、
村上春樹の作風というのは日本以外の人たちにとっても、
ある意味「自然」であると言えるそうで、

平安時代ものを描く芥川、芸者と茶会を描いた川端、
自己犠牲的な現代のサムライを描く三島を歓迎した異国趣味とは一切無縁。

 

それが、
日本の村上春樹が「世界」の村上春樹であることの所以なんだそうですよ。

 

読者にとっては村上春樹の国籍はほとんど関係なく、
文学の重要な発言者として彼の作品を受けいれられているそうです。
(私は一冊も読んだことありませんが)

 

今年のノーベル文学賞は超サプライズといえるボブ・ディランだったですが、

 

もう皆が騒がなくなったときに初めて村上春樹候補になる気がしますね。

 

「ピエロ恐怖症」マックのドナルドとどっちが怖い?

遠くから見ると、笑っているように見えるが、近くだと笑っていない。
これが怖いピエロ。

 

そんな不気味なピエロが全米各地に出没してヒステリーになっているそうですよ。

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最初に確認されたのは8月に、
サウスカロライナ州でピエロの格好をした男たちが子どもを森の中に誘おうとしていたとの通報があり、

その後、
同様の目撃情報が十数の州で報告され、

学校や会社の外でピエロが待ち伏せしている、
武器を持ったピエロが車を乗り回している、
ピエロが近所をうろついている、
などの通報が相次いでFBI国土安全保障省が対応に当たっているそうです。

 

でもこのピエロ騒動で悪質な目撃情報を通報をした10名以上が逮捕されたようで、
ピエロ自体の犯行は無いのに、通報者だけが逮捕されているんですね。

 

この現象は国外にも広がり、
イギリス、オーストラリア、 ニュージーランド、オランダなどでも、
恐怖のピエロが目撃されるようになったらしいんですね。

 

これを受けてマクドナルドは、
混同を避けるためにマスコットのピエロより怖い?「ドナルド」の使用を一部自粛したそうですよ。

 

ピエロってサーカスの中ならともかく、
日常生活の中に現れると「素顔を隠してる覆面男」でしかないから、
不安を感じさせるのは当たり前かもですね。

 

アメリカだったら護身用に拳銃持ち歩いてる奴にやったら、
確実に撃ち殺されるでしょうね。

 

この「ピエロ」と言う言葉は、
サーカスなどで、派手な衣装とメイクをし、滑稽なしぐさで人 を笑わせる道化役者と、
私たちは普通解釈しますが、
ピエロの語源はフランス語「pierrot」からの外来語だそうですよ。

 

またイタリア語圏の男性名に「ピエロ」は多いみたいで、

たとえば、

・ピエロ・デ・パルマ ( イタリアのテノール歌手)
・ピエロ・ドロゴ(イタリアのレーシングドライバー
・ピエロ・ディ・ロレンツォ・デ・メディチ (メディチ家の当主)
・ピエロ・デラ・フランチェスカ (イタリアの画家)
・ピエロ・ラルディ・フェラーリ(イタリアの実業家)
・マギステル・ピエーロ (イタリアの音楽家)
アレッサンドロ・デル・ピエロ (イタリアのサッカー選手)

とかですね。

   

この「ピエロ恐怖症」はアメリカのみならず日本にもいるらしく、
ピエロ恐怖症を抱える人の中には、
人間が扮したピエロのみならず、ピエロの置き物があるだけでも恐怖を覚え、震え上がり、体が硬直し、
中には気絶までしてしまうことがあるそうですよ。

 

顔に白塗を施した化粧と、独特の容姿に恐怖を覚えてしまうところから、
恐怖心が生まれるようで、
ハリウッド俳優で有名なあのジョニー・デップもピエロ恐怖症に悩んだひとりであるそうですよ。

 

確かに以前観た動画で、
踊っているピエロに楽しそうなBGMがある場合とない場合では印象が全く違っていましたね。

 

この「ピエロ恐怖症」を抱える人が恐怖症を克服するためには、

「ピエロの見た目は怖いかもしれないけど、自分を襲ってはこない」

その事実を繰り返し認識することで、
徐々に恐怖心が薄れていくそうですよ。

 

でも、
学校や会社の外でピエロに待ち伏せされたらやはり怖いですよね。

 

そういえば、
ホラー映画の「IT-イット-」という邪悪なピエロが子供たちを襲うという怖い映画がありましたね。

 

この映画で観て以来、
ピエロのイメージが怖いものになったと言う人が結構出たらしく、
過剰に笑ったメイクなのに目が怖かったそうですよ。

 

ところで、
日本では上場企業を脱サラし、ピエロとして活動する豊田 淳さんという人がいるみたいですね。

 

「ピエロというのは、常識を逸脱した存在であり一種の概念なので、ピエロ毎にそのスタイルは違います。
その中でも私はやはり笑いという軸を持っています。

いるだけで場の空気を和らげることができる存在で、
かつ、自分自身が最高に楽しみ、それが周りにも伝播して、周りも楽しくなれる存在。
そんな姿を目指しています」

 

と語っているんですが、
今の「ピエロ恐怖症」はハタ迷惑かもしれませんね。

 

今回のピエロ騒動、

「ピエロ恐怖症の方がヒステリックになっているだけではないか?」

という意見もあるんです。

 

やはりピエロは、

「人を笑わせ、笑顔にしたい」が本分ですよね。

 

いじめ「重大事態」の定義明確化 いじめの発見件数が多いほど評価されるといい?

マイナス情報ほどきちんと報告する文化ができないと何も変わらないかも。
一般企業では常識なんだけど、
学校と教育委員会は全然だめと思うのは私だけ・・・?

 

そういう現状だからかどうかわかりませんが、
10月12日に文部科学省のいじめ防止対策協議会は、
いじめ防止対策推進法に基づく施策の改善策をまとめた素案を示しましたね。

施策の実効性を高めるため、
いじめの「重大事態」の定義明確化や情報共有などを求めているみたいですよ。

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この「いじめ防止対策推進法」は、
平成23年10月に大津市の中2男子がいじめを苦に自殺したのをきっかけに議員立法で制定し、
25年9月に施行されたんですね。  

 

心身や財産に深刻な被害が生じた疑いのある重大事態が起きた場合、
学校や教育委員会が組織を設けて調査を行うとしているみたいなんですが、

重大事態の定義が不明確で対象として扱われなかったり、
調査に被害者や保護者の意向が反映されなかったりするケースがあったりするらしく、

重大事態の具体例を複数示すことで定義を明確化し、
調査の進め方の指針を作成するよう求めているみたいです。

 

担任がいじめを抱え込んで情報が共有されず重大な結果を招くケースがあることから、
情報共有による組織的対応を再度周知することも盛り、

公立の教職員が対応を怠った場合は、
懲戒処分となる可能性を周知することなども求めているんですが、

 

いじめ教育が効果をあげないのは、
「いじめられっ子がかわいそうだから助けてあげる」って上から目線だからと思いますよ。

 

そんなのは絶対に子供の心には響かないでしょうね。

 

いじめは、いじめる子の心の歪みですから、
いじめる子を心の闇から救って、

幸せをつかめる大人にするために、
いじめる子のための教育をしないと、効果がでないと思いますよ。

教育は受ける子供のためにする。
そんな基本中の基本が疎かになってるのでは・・・。

 

そして一番怖いのは、
いじめる子が、ただのおふざけで、死ぬとは思ってないことです。

だから、
回りの子達が度を越していると気づいたら止める。
あるいは大人に報告する教育をすべきと思いますよ。

 

いじめの発見件数が多いほど評価されるといいけどですね。

   

やはり子どもの世界にはストレスがいっぱいあると思うんですよ。

小学生くらいの子どもがストレスを感じるケースでは、

 

・家族関係の悩み

子どもは一人で生きていく力がありませんよね。
そのため、
家族の関係性に問題があっても逃げる場所がなく、
そのまま受け止めざるを得ないので大きなストレス要因となることがあるんです。

とりわけ子どもがストレスを感じるのは、夫婦間の不和です。
夫婦のいさかいを目の当たりにした子どもは、
「自分が悪い」などと自責の念を抱きやすいといわれているんです。

いわゆる嫁姑問題も同様で、
自分にとって大切な存在である母親と祖母の仲が険悪であれば、
家庭が居心地の良い場所でなくなるのは想像に難くありませんね。

また親子関係もストレス要因になる場合も。
厳し過ぎたり、神経質過ぎたり、親から関心を持ってもらえなかったりする場合、
子どもは保護者からの愛情を感じにくくなることがあるんです。

また子どもは親の期待に応えようと必死ですから、
保護者の要求が高過ぎると、「自分はダメな存在だ」と自信を失いやすくなるんですよ。

 

・友人関係の悩み

小学校の低学年くらいの時期は、
基本的に誰とでも仲良く遊び、
ケンカをしてもすぐに仲直りするといった幼児期の延長のような姿が見られるんですが、

中学年の頃からしだいにグループで遊ぶようになると、
友達の輪の中に入れなかったり、
意図的に仲間はずれにされたり、
いじめに巻き込まれたりと、友達関係の悩みが増えていくんです。

友達と仲良くすることは、
勉強やスポーツと並んで小学生の自尊心に大きく影響しますから、
つまずきがあると大きなストレスとなるんです。

 

・勉強の悩み

低学年の頃は、「がんばればできるよ」といった親の言葉を素直に受け取って努力しますが、
成長するにつれて周囲と比べて「自分は勉強ができない」などと劣等感を抱きやすくなるんですね。

勉強方法が間違っているなどの要因で、
「勉強しても成績が伸びない」という状況は、特にストレスになりやすいので注意しましょうね。

また進学塾などでは、
テストの点数によってクラスや席順が変動するケースがあり、
成績の良し悪しにかかわらず、子どもはプレッシャーを感じているんです。

こうした状況に置かれている場合は、
子どもの精神状態を特に注意して観察する必要があるでしょうね。

 

・進学・進級

進学や進級は、保護者にとって成長を実感できる喜ばしいイベントですよね。
子どもも前向きな気持ちになることが多いのですが、
環境の変化への適応に失敗するとストレスを引き起こすんです。

「小1プロブレム」「中1プロブレム」と呼ばれるつまずきがその典型で、
進学や進級は子どもの自覚を促して成長につなげるよいきっかけですが、
必要に応じて新たな環境に溶け込めるようなサポートも必要になるでしょうね。

 

・転校や友人との別れ

転勤などによる転校は致し方のない面もありますが、
子どもにとっては世界が一変するような環境の変化なんです。

また、
仲良しの友達が転居することによる別れも、非常につらいものになるんです。

大人であれば「引っ越してもまた会える」と思えますが、
子どもからすると「二度と会えない」と感じやすいようですよ。
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私たち大人の視点では、
「それくらい大丈夫」「悩んでも仕方がない」と思える問題でも、

社会的にも精神的にも非力な子どもにとっては、
大きなストレスの要因となることが少なくありませんから、

 

日頃から十分に会話をし、
子どもの気持ちに寄り添う努力を続けることで、

ストレスの要因を取り除いたり、
一緒にストレスに向き合って乗り越える力を伸ばしたりしたいものですが、
 

コミュニケーション学ぶ過程のやり過ぎ、
行き過ぎが歪んで「いじめ」になるかもしれませんから、

 

上から目線ではなく、

子供の心に響くようなコミュニケーションが大事かも。