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美ビルド・ネットの熊本はてな?

「美ビルド・ネットの熊本はてな?」は我が郷土熊本県を中心にお役に立つ情報をあなたにお伝えします。

「うんこ漢字ドリル」どうして漢字を勉強しなきゃいけないの?

この年代に必要な事は、勉強に興味を持つあるいは勉強が楽しくなる仕掛作りだと思うんです。
それが出来てるからこそ、これだけヒットしてるんだと思いますよ。

 

どうにか工夫して子供たちに楽しんでもらいながら勉強してもらおうという改革が素晴らしいと思います。

 

以前に日本教育技術学会が全国の児童を対象に漢字の読み書きテストを行ったんですね。
その結果は、

「一つ」が書けない小学2年生―――30%
  
「関心」が書けない小学4年生―――80%
  
「支持」が書けない小学6年生―――90%

と読みのほうはそこそこイケてたようなんですが、
書きの方は目を覆わんばかりにヒドイものだったようですよ。

 

それにしても、

「どうして漢字を漢字を勉強しなきゃいけないの?」

と子どもには疑問が湧くと思うんですね。

 

そんな時は、岡潔博士という人が言われた、

「漢字が読めないようでは、数学は絶対にできません」

ということばを思い出すと良いと思いますよ。

 

世界がどう変わろうと、今後の五十年、百年後の日本がどう変わろうと、
漢字の必要性は絶対になくなりませんと。

 

日本が世界に誇る精神文化は、また、世界が日本に期待するものは、
すべて漢字を通してはじめて理解できるものだと。

 

漢字の必要性のなくなることは、
想像できるかぎりの将来には絶対にありえないことなんです。

数学であろうと、医学であろうと、物理学であろうと、
いまの日本文化のどの部門を受け継ぐにせよ、

十分な漢字力がなくては絶対にできないことは、
だれだって反対できませんよね。

 

それに、言語や文字の本質を考えても、
想像できるかぎりの将来において、この必要性はなくならないと考えるべきだと。

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そんな大事な漢字を、
小学生を中心に書き込むことが楽しくなる漢字ドリルが、
すべての例文に「うんこ」を取り入れた小学生向け『うんこ漢字ドリル』(文響社)みたいですよ。

 

「うんこ」という単語を大人は忌避しがちかもしれませんが、
子どもにとっては気持ちが盛り上がる言葉であり、
口にするだけで楽しくなる魔法のような言葉でもあると言うんですね。

 

そして実は子ども目線に立った良書とも言えるみたいですよ。
覚えやすい独自の掲載順、
見やすい書き順表示、
すっきりしたページレイアウトなど、
漢字ドリルとしてもツボをおさえた作りになっているんです。

 

また例文は専門家の意見を聞いてかなり慎重に作ったものだそうで、
開発者の女性も子どもの学習のためになるように真摯に取り組まれたみたいですよ。

 

私も今売れている「うんこ漢字ドリル」というのはどんなドリルなのか本屋に行って見てみたんです。
たとえば、

 

1年生で習う「田」なら、

「田んぼのどまん中でうんこをひろった」

「二かいからうんこがおちてくる」

「四角いうんこなんてめずらしい」

「火であぶったうんこをどうぞ」

「お父さんが草原にうんこをばらまいている」

 

2年生で習う「刀」なら、

「名刀でうんこを真っ二つに切りさいた」

 

小学6年生になるとこんな具合なんです。
 
「幼児たちが、先生のくつにうんこを入れて遊んでいる」

「欲張りじいさんが穴をほると、うんこが出てきた」

「うんこを化しょう台の鏡に映す」

「うんこを入れた水風船が、重みで垂れ下がる」

 

という具合に、
例文すべてに日常のありとあらゆるシーンに「うんこ」の3文字が入り込み、
うんこをちりばめることで、小学生たちのハートを鷲づかみにしているんです。

 

それにしても「うんこを入れた水風船」って・・・。誰がどうやって入れたんでしょうね?

   

また、この例文にはこんなこだわりもあるみたいで、 
「生理的に受け付けない『食べる』『臭い』といった例文は作らなかったそうで、

「新春のあいさつにうんこを持っていきました」など季節を感じるものや、

 

大人の階段を上り始める6年生の例文では、
うんこから卒業するような感傷的な例文も含まれていて意図的に物語性のある内容にしているそうです。

 

でもこの「うんこ漢字ドリル」を実際買う時に、
広い書店で店員にも聞けずに30分近くウロウロと歩き回るかも。

もしかするとレジで裏返して出したりして、
エロ本を買うような感覚かもですね。

 

(ネットなら変な気を使わずに買えるかも。楽天ブックスで1058円の送料無料です)
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どんな感覚で買っても要はきっかけかもしれませんよ。
これで漢字を覚えれば読める本の種類も増えるし、それによって興味を持つことが増え世界が広がりますからね。

 

カチカチに縛られた学校のドリルをやってて楽しい人って、
同じく頭の固い人か、お勉強が本当に好きな人かな。
これでお勉強が大好きになればいいと思いますよ。

 

やはり漢字学習の最大の問題点は、
繰り返し書くことが求められるため、途中で飽きてしまいますね。

 

そこに、
子どもにとってキラーフレーズである“うんこ”をミックスさせたことで、
むしろ楽しい時間に変えてしまったことは、もはや発明と呼んでも過言ではないでしょうね。

 

あなたもそうかもしれませんが、人は辛い仕事を続けていても、
その中に何かしら楽しみや喜び面白さを見つけ続けようとしますね。

つまらないことをつまらないまま続ける必要は無いし、そんな忍耐など必要ないですね。
必要なのは、
楽しく乗り越える工夫や考え方。

 

そういう意味で、
この「うんこ漢字ドリル」は良いと思いますよ。

 

「勉強することはつらいことじゃない。とっても楽しいことなんだ」と。

 

そんなふうに、勉強への意識が変わり、
笑顔で机に向かう子どもたちが増えるといいですね。

 

もうしばらくすると、
この「うんこ」漢字だけでなく、全科目できるかも。

 

算数(食べた量と排泄の比率)

理科(生物の排泄の仕組み、土への分解のプロセス)

社会(各自治体のし尿処理場の作りや予算について、海外との違い)

英語(トイレはどこですか?、便がゆるい、お腹が痛いです、と実際に英語で話す方法)

とかあったら、あなたでも買いたい?

 

いずれにしても、
面白い例文だったら、つまらないと思っていた漢字でも、興味で漢字ドリル開いちゃうでしょうね。
つまらない例文だと、そうはいかないですよね。

 

興味から知って、好きになる。
面白い例文から漢字を知り、漢字を好きになる、また漢字を知る。

 

外国人が漫画から日本語を勉強して日本語が話せるようになった人もいますから、

 

「好きこそ物の上手なれ」かな。

   

 

天皇陛下 生前退位議論「大いなる存在」に気づいてほしい?

畏れ多くも、今上天皇の生き方は、国民の尊敬に値するものです。

 

ただ陛下だから、愛されるのではなく、陛下の長年のご行動、ひとつひとつの積み重ねから、
私たちは陛下を敬い愛するようになったと思っています。

 

陛下の生き方から私たちは天皇という象徴があるべき姿を学んだし、
今度は私たちはそれに答えるべきなんですが、

天皇陛下の退位を巡る政府の有識者会議で、
平川祐弘渡部昇一など保守系の専門家と言われるセンセイ方から、

 

天皇家は続くことと祈ることに意味がある。それ以上を天皇の役割と考えるのはいかがなものか」

などと発言し、
被災地訪問などの公務を縮小して負担を軽減し、
宮中祭祀だけを続ければ退位する必要はないとの主張を展開したみたいなんですね。

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 また議論が一代限りで退位を実現する方向で進んでいたことについて、

天皇陛下は「一代限りでは自分のわがままと思われるのでよくない。制度化でなければならない」と語り、

制度化を実現するよう求められているんです。

 

「自分の意志が曲げられるとは思っていなかった」とも話していて、
政府方針に不満を示されておられるみたいですが、

おそらく皇室は黙って受けられるでしょうね。
逆に大きな愛情の視点で静観されると思いますよ。

 

これは自分たちの命を、国民にお任せするという覚悟をお持ちだからなんです。

 

しかし天皇陛下は、
誰かが国民のために「祈る」任務を負うことの重要性を自覚されています。

このためには、
ご自分の人間としての自由と人生と命を放棄されているとも言えますね。

 

皇室に反対する人や有識者会議に出て議論しているセンセイ方は、

命を懸けて、人生を捨てて国民のために働くことが出来るのでしょうか?

それとも、そんな役目自体が不要だと思うのでしょうか?

 

そもそも2500年以上も前に即位した家系が、今でも継続しているとは人類の奇跡なんです。
何が奇跡かと言いますと、
それを支えた国民が存在したと言うことなんです。

 

これは、
その国土に住む民族の「許す心」「他人を応援する気持ち」「自分が一歩引く」「他人にゆずる」・・・
大きな良心を持つ民族だということの証明なんですよ。

 

他国の歴史を見てみると、
クーデターによる暴力での支配や、
政治的な工作で大統領になる人が現状での実態ですよね。

なんと野蛮で強い者勝ちの仕組みなんでしょうか。

 

数千年も継続する家系などは、権力者には邪魔になるんですよ。
しかし日本では、
キレたような戦国大名でも天皇への態度は別でした。やはり心に感じるモノがあったんでしょうね。

 

これからの日本にも、
天皇を維持できるような「良心を持つ人々」がいることを思います(安倍政権はどうなんでしょうか?)

 

また天皇とは、個人の名前を捨てた公の名称なんです。
自分自身を世界のために捧げ、公のために尽くされる神人の名称です。

 

このような天皇という太古からの伝統を現代まで存続させることが出来たのは奇跡であり、
これは神様の神意なんですよ。

   

昨年8月に退位の意向がにじむ「おことば」を表明されたのは、
憲法に規定された象徴天皇の意味を深く考え抜いた結果なんですね。

 

被災地訪問など日々の公務と祈りによって、
国民の理解と共感を新たにし続けなければ、天皇であり続けることはできないという強い思いがあるんです。

陛下がこういう御発言をされることとは、歴史的にも重い行動であるということなんです。

 

陛下の御言葉で特に印象に残った箇所は、

天皇の務めとして、
何よりもまず国民の安寧と幸せを「祈る」ことを大切に考え、
国民を思い、国民のために「祈る」という務めに対して28年間、全身全霊をもって努力されて来たことです。

 

陛下は、
政教分離、国民の信教の自由、を考慮されて「祈り」という表現をされたんです。

でもこの天皇陛下の祈りとは、
宮中祭祀天照太御神に国民・国家・世界の平和を祈ること)における「祈り」なんです。

 

伊勢神宮は、
天皇陛下氏神神社(皇室の先祖神を祭る神社)であり、神宮の最高神官でもあるのが、天皇陛下のお立場です。

(ちなみに現在の125代の天皇陛下とは、伊勢神宮の御宮が125箇所である数字の一致しています)

 

国民の為に祈るという行為が、
ご自身の健康のために途切れることがあってはいけないという使命感がひしひしと陛下の御言葉から伝わりましたね。

国民・国家のために、
公務と宮中祭祀が途切れる懸念を陛下はご自身の「責任感」から御発言されたのが「おことば」の意味と思います。

 

それにしてもなぜ陛下が、ここまで神事に真面目なんでしょうね?

 

それは、神様のことが分からないからです。

 

分からないからこそ、真面目に尽くすのです。
それは、国家と国民のタメだと言う思いからなんです。

 

「神が分からない」とは、とても大切な態度なんです。

 

人間が見切れる神とは、それは神では無いんです。

人間が会話できる存在は、神ではなく、人間以下だと言うことですね。
その大半は、欲心が変化した動物形象です。

 

もし陛下に対して、
「神とは何ですか?」と質問をすれば、とてもお困りになられるでしょうね。

その理由は、
神について説明ができないし、口にするのも畏れ多くて嫌な感じがするからなんです。

 

神道には、”言あげせず”という、暗黙のルールが古来からあるんです。
”言あげ”つまり、神を説明したり、押し付けたり、宣伝することはしないから、

「受け取り手」が自分で判断して欲しいという潔さがあるんです。
個人の自主性と神縁に任せるわけなんです。

 

これと同じような感じで、
有識者会議のセンセイ方に「祈るとは何ですか?」
と質問してもまともな答えは返ってこないでしょうね。

 

本当に陛下に対して失礼ですよ。

 

天皇陛下はマスコミではあまり触れられませんが、
アメリカのロックフェラーやイギリスのロスチャイルドなどの2大財閥、

そして「奥の院」と言われる誰も書いたことない、
古い歴史と伝統を持つ財閥の世界的な組織とも友好を持たれていると感じます。

 

陛下の内心は、
自分を犠牲にしてでも国家と国民の存続のために友好されていると思いますし、

今までの日本の安定は、
近代2代の天皇陛下による隠れた水面下での外交努力の御蔭だと本当に感じています。

 

いずれにしろ、
言葉では説明出来ない「何か大切なもの」「人類が守るべきもの」・・・・
このような片鱗を、多くの日本人が天皇に対して本能で分かっています。

 

これが分からない日本人も、1割以上もいるかも知れません。
しかし、これで良いでしょうね。

 

大切なことは、

この「大いなる存在」はすべての人類の右胸にも宿っているということ。

 

つまり、

天皇に抱く思いとは、人類が神様を求める哀愁に通じるものがありますから、

 

日本人が天皇を維持し、

自分の「大いなる存在」を意識すれば、すべては治まって行くと感じます。

   

 

村田諒太 本当に疑惑の判定負けなの?

少なくとも、さすが金メダリストという実力は見せたと思いますよ。
この試合に至るまでに、しょっぱい試合も多かったけど、この世界戦は惚れ惚れする完成度だったです。

 

倒しきれなかったと意見もあるけど、
村田諒太は倒すボクシングをするタイプじゃないから、
村田諒太のスタイルとして完璧な試合だったと思うんですが・・・。

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というのは、
5月20日にプロボクシングのWBA世界ミドル級王座決定戦が有明コロシアムで行われたんですが、

ロンドン五輪金メダリストでミドル級2位の村田諒太(31、帝拳)が同級1位のアッサン・エンダム(33、フランス)から
4回に右のカウンターでダウンを奪い、5回、7回にも、“ロープダウン”とも取れる大ダメージを与えながら
「1-2」の疑惑の判定負けを喫したんです。(とネット記事は言っていますが)

 

まさかの判定負けに1万人を越えるファンで埋まった場内は騒然となったそうですが・・・。

 

ジャッジの一人目のパナマ人が「116-111」でエンダム。
2人目のアメリカ人が「117-110」で村田。
そして3人目のカナダ人は「115-112」でエンダムを支持したみたいで、

 

村田諒太は試合後、
「足を使うのは上手かった。(途中)どうなんだろうというところはあった。
ダメージブローじゃなくてジャブをとったということなんでしょう。そこは納得せざるを得ない。

もっと打てる場面があっても良かったと思う。
休む場面があったのにつけ込めなかった反省が残ります」と謙虚に語っています。

 

また村田陣営は勝利を確信してリスクを回避するためゴーサインを出さなかったそうで、
「あれだけへっぴり腰で逃げながら打っていて手数もくそもない。
負けているような展開ならば、最終回に“確実に倒せ!と”行かせますよ。倒していますよ。

でも絶対に負けはないから行く必要もないと考えた。
いろんな見方があるにしてもひどすぎる。村田が可哀想」と。

 

試合後にWBAのメンドーザ会長がTwitterで、
「“After judging the bout, my scorecard is 117-110 for Murata. First of all,
let me apologize to Ryota Murata, Teiken Promotions and all Japanese boxing fans.

There are no words to repair the damage”, said the WBA President and added:
“I will demand the Championships Committee to order a direct rematch”」

 

簡単に訳すと、
「正しい判定でこの試合を果たすとこが出来ず、怒りを感じています。
まず、村田選手と日本のボクシングファンの皆様に謝罪をしたい。
この間違った判定によって起きたダメージを修復することはできないが、2人のリマッチを委員会に直訴します。」と。

メンドーサさんが個人のスコア表をアップしてますが、
110対117で村田選手の勝ちと書かれています。

WBA会長がこう言っていますから再戦は間違いないでしょうね。

 

それにしても、
「勝てる」と思ってそこからラッシュを駆けるのならいいけど、
それが出来なかったのが敗因かもしれませんね。

チャンピオンになるのはKOかTKO勝ちなんて昔はよく聞きましたが、
判定はどう転ぶか分からないですからね。

 

村田諒太が115-112位のジャッジが妥当みたいですけど、
ポイントからジャッジした3人3様の特徴、性格が出ていますね。

このパターンはよくあるからセコンドが気を付けないといけなかったのでは、
ダウンとって勝ちだと決めつけすぎたかも。

   

ところで、
世界チャンピオンを認定するボクシング団体はたくさんあるんですが、

 

主要と呼べるのは、
WBA世界ボクシング協会)、WBC世界ボクシング評議会)、IBF国際ボクシング連盟)、WBO世界ボクシング機構)。
これだけでも同じ階級に世界チャンピオンが4人存在することになるんですね。

 

今回、村田亮太に勝ったアッサン・エンダムは複数いる世界チャンピオンのひとりであり、
ミドル級で世界で一番強いわけではないんです。

 

世界チャンピオンのベルトを腰に巻いていても、
それは世界最強の証などではなく、強いボクサーのひとりであることを誇示しているに過ぎないですよ。

 

やはり世界チャンピオンとは、
「最強のボクサー」に与えられるべき称号であり、それが何人もいては価値が低下してしまうんですが、

統合にはならないんです。
なぜならば利権を手放したくない各々の団体が統合を目指すはずなどないからなんです。

 

では、誰もが認める世界チャンピオンになるにはどうすればよいか?

まだWBOがメジャー化していなかった1980年代後半、マイク・タイソン(米国)は、
WBAWBCIBFと3本の世界ヘビー級チャンピオンベルトを身にまとってリングに上がっていましたね。

 

彼は86年11月にトレバー・バービック(カナダ)を破ってWBC王者になると、
その翌年にWBA王者(ジェームス・スミス、米国)、IBF王者(トニー・タッカー、米国)にも勝利し、
統一チャンピオンになったんです。

 

王座を統一して「世界最強」を名乗るにふさわしいのは、
マイク・タイソンだけかもしれませんよ。

 

村田諒太も目指すべきは、
複数階級で歴代王者に名を連ねることではないだろうか。

 

金メダリストの村田諒太にはそれが一番似合うのでは・・・。