「トレラン」で自然を感じる!プチトレラン熊本篇
マラソン以上の過酷さで、
自然と一体感を求め未舗装の山道を走る競技「トレイルランニング」(通称トレラン)が、
ランニング愛好者の間で徐々に人気が高まっているそうですよ。
なんでも、日本能率協会総合研究所が2014年に発表した実態調査によると、
トレイルランニング参加人口は20万人余りで、
今後は70 万人が潜在的な参加人口として見込まれているそうですが、
自然が相手の競技なので危険を伴い、
それなりの練習や装備も必要みたいですよ。
自然も危険なところがありますが、
一般登山者やハイカーとトレイルランナーがぶつかる危険性もあるんですね。
たとえば、
トレイルランナーは身軽で、ぶつかってもすぐに草木にしがみついて難を逃れるでしょうけど、
登山者はザックを背負っているため、ひとたびバランスを崩せばザックの重みが遠心力となり、
弾みがついて瞬く間に谷底へ転げ落ちてしまう可能性が高いんですよ。
そして登山者やハイカーがトレイルランナーとすれ違うことも、
登山者同士がすれ違い、道を譲る感覚とはまるで違うみたいなんですね。
あなたが街中の歩道をいきなり後ろから疾走してきて肩や肘をかすめて駆け抜けていく者がいたら、
「危ないじゃないか!走るなよ!」と怒鳴りたくなるだろうし、
街角を曲がろうとした時、
とつぜん目の前に突進してくる者が現れたら、あなたはとっさに避けることもできず足がすくんでしまいますよね。
街中ですらこのようにストレスのかかる不快な行為なんですが、
木の根や岩が突き出た、見通しの悪い、道の片側や両側が谷底になっているような登山道なら、
いかに危険で人に迷惑をかける行為になりますから注意しましょうね。
また日本の山は地震や台風が多いため、尾根がやせていて崩壊個所も無数にありますし、
ほとんどの登山道は一人分の幅しかないし、すれ違うのがやっとという個所も少なくないですから、
トレランで遭難しないようにしてくださいね。
そういう本格的なトレイルランニングは無理でも、
あなたが、「自然の中で走りたい」「気持ちをリフレッシュさせたい」
という「ラン好き」におすすめなのが「プチトレラン」なんです。
この「プチトレラン」は意外の楽しいみたいですよ。
その理由は「テイ・キン・ケイ」だからなんです。
・テイ(低)低い山だからキツくない!
プチトレランは標高100~200m程度の山を走るので高低差はそれほど大きく無いんです。
そのため、トレランのような過酷さは無く、無理なく楽しく走ることができるんです。
・キン(近)近場で楽しめる!
トレランは目的の山に行くのに時間がかかり、1日がかりや泊りがけになることもあるんですが、
プチトレランなら近場の山でいいので「早朝に1時間だけ走ろう」なんてことも可能ですよ。
・ケイ(軽)気軽に楽しめる!
それほど標高が高くない山を走るので、比較的軽装で済むんです。
「山を走る!」なんて気負わずに気軽に始められ、自然を満喫できるのも魅力ですね。
こういうプチトレランのスポットはあなたの近場にもあると思いますが、
我が郷土熊本市のプチトレランのスポットといえば、
・立田山
熊本市中心部からクルマで約15分の気軽さが魅力ですよ。
標高152mの立田山は、
自然観察やハイキングなどを楽しむ市民の憩いの場なんです(私もよく行っていました。歩いてですが)
そんな立田山には、いたるところに遊歩道があり、
四季折々の自然やバリエーション豊富な起伏を楽しみながら走ることができて、
初心者にはおすすめですよ。
・託麻三山(小山山、戸島山、神園山)
県立総合運動公園周辺にある標高130~190m前後の3つの山で、
特に小山山と神園山は隣接しているので、
運動公園を起点に2つの山を一度に巡ることもできるんです。
・金峰山
熊本市を象徴する山である金峰山。
標高665mとやや高いものの、中腹に駐車場があり便利です(こちらもよく行っていました)
「ずっと山道は心配」という方も、舗装路と組み合わせれば安心ですよ。
それから、
いくら気軽に走れるとはいえ、自然相手なので最低限の準備や装備は必要ですよ。
・虫よけスプレー(走る前の虫よけスプレーは必須です)
・スポーツドリンクなど飲み物(水飲み場や自動販売機が無いところも多いので、ドリンクも必須)
・軽食・栄養補助食品(山道を走ると普段のランニング以上に体力を使うので、水分に栄養も補給)
最後に、
アスファルトの道路を走っている分には、犬のうんこ以外どこを踏んでもたいして変わりはないので、
その分自分のフォームだとか周りの景色だとかに意識を持っていくことができると思いますが、
トレランの場合、
まさに踏み出せばその一足が道となるみたいですよ。
次に足をどこに置くか、それを常に考えながら走る。
これはものすごく集中力を必要とするんですけど、
仕事や読書で使う脳とは別の部分を使っているような気がして悪くないかもしれませんよ。